猫又女帝の暗黒帝国(別館)
腐臭漂う空間へようこそっ!
泡沫の夢―1
BL系・幻想(妖怪出没)系の時代小説になります。
同性愛・衆道ネタに嫌悪感を感じられる方は
お戻りくださいますよう
御願申し上げます。

尚、この作品には
性的・暴力的表現が含まれます。
(流血的表現あります)

それでも構わないと言われる方のみお進みください。

泡沫の夢
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泡沫の夢



「我らが、何をしたという!それなのに…。…なぜに、そっとしておいてはくださらぬ。……これが、貴方がたの本性なのか…。」
 紅に染まった瞳で、睨みてけてくるモノ。これが、嘗ては我が手の中で震えていた者の姿だと誰が想像できようか。
 焔をまとい、その口元には飛んだ血飛沫の跡。白肌には余計に艶かしく映える。なまじっか整った顔立ちは、まさに鬼神の様相。その手に携えた部下の喉元からは、勢いもなくだらだらと紅い流水が伝い落ちるだけ。もうただの肉の塊になってしまったそれを、勢いよくこちらの足元に転がしてよこした。
「…なぜ、このような…。我らが、貴方に何をしたと云うのです。」
 時折垣間見えるのは、悲しみに濡れた紅き瞳。まさに、地獄絵図と化した小さな山村。そこには、すでに動くものは我ら二人のみ。その為なのか、目の前の青年の体を取り巻いていた焔は徐々に小さく消えていった。替わりに残ったのは、嘗ての面影を残した悲しい目。口元から垣間見える一対の牙が、己とは別の生き物であったことを伝えてくる。お互いが手を伸ばせば、相手に届くという距離。愛おしく互いに抱きあった相手だというのに、己の立場ゆえに動けない。相手の視線から目を離せないまま、勘解由はその場に立ち尽くした。


 それぞれの想いは過去へと遡って行った。




 先の戦は後味の悪いものでしかなかった。
 一揆をおこした農村そのものの壊滅。下級武家の三男である遠藤勘解由には、断ることも拒絶する事も許されない。隊編成に際して、自分の所にお鉢が廻ってこない事だけを願っていた。

 主の命令とは言っても、勘解由自身はるか遠くから眺めた事しかない人物である。命に代えても…、などという感覚は全く起きるはずもない。生きていく為だけに、相手を屠ってきたのである。元々殺生は好まぬ気質なのか…、どうしても自分の手にかかった屍を見るたびに吐き気すら込み上げてくるのであった。当然、手柄を立てようという気すら起こらない。当然のように、武家仲間からは腰ぬけ呼ばわりされていた。幼馴染ですら離れていく中で、なぜか足軽やら徴兵農民やらが集まってくる。部隊長自身がこんなものだから、当然集まるのも手柄よりは命大事と考える輩ばかり。
「勘解由様は、ただの昼行燈じゃねえんだよな。…何言ってもさ、俺らの事見捨てねえもんなぁ…。」
 足軽共のこんな会話も、日常の事。戦となれば、目立たぬように戦列から外れる事を最も得意としていたのだから。少しずつ、隊を動かし…、最も戦火の激しくない場所へ移動していく。そう、小競り合い程度の場所へと…。それでも、相手の頭が挑みかかってくれば、容赦なく斬捨てる。相手の反撃すらも許さない程の腕。ただ、それすらも、滅多に拝める姿ではないのだ。慕ってくる部下には人一倍気を
使うのか、ほとんど勘解由の部隊からは死人が出ないとも云われるほど。中には、他の部隊から外れ、勘解由の傍に来る輩もいるほどに、下っ端どもには好かれていたのだ。
 厳めしい見てくれとは違って、いつも飄々としている彼は、そんな奴らにも
「俺ん所にゃ、手柄なんかねえぞぉ」
 と、間延びした声をかける。
「手柄なんかいらねえんでさあ…。俺らはさ、生きてかえれりゃそれで十分なんで…」
「かかぁの元にさえ、もどれりゃなあ…。一番の褒美でさあ」
 下っ端どもの物言いにも「そうか、そうか」と笑顔で流す。器が大きいというよりも、来る者拒まずの不精が故。
「手柄の欲しい奴ら…、もうちっと頑張ってくんねえとなあ…。早く戦仕舞いしてえんだけどなあ…」
 激しい戦火の上がる方向を見つめながら、勘解由はいつも同じ科白を口に乗せる。
「また、大将の口癖がはじまったさ」
 顔馴染みの足軽がそう口に乗せるのも、勘解由は笑ってみていた。
 
 こんな勘解由の部隊に有り難くも迷惑な話が舞い込んできたのであった。やはりの、農村殲滅戦。大した戦火にはならないと判断した上位の者。手柄の少ない部隊にも…、と変な気を廻してくれた輩もあったらしい。
(はた迷惑な…)
 そう思っても、上位者には逆らえない。勘解由は部隊編成にあたり、いつも以上に頭を悩ませたのであった。結局は、下級武家出身の己と同じ立場の者達のみ数人に声をかけた。
「今回ばかりは、徴兵寄りの奴らは使えねえからな…。割食わせちまったなあ」
 呼び出した連中にそう声をかけた。
「…まあ、しゃあねえかね。奴らに、自分の身内斬れっていうようなもんだからねえ…」
「俺らの立場でも、適当に…ってわけにはいかねえだろうしねえ…。で、上からはどんな?」
「…すべて滅殺。生きている物は犬畜生に至るまで…、だそうだ」
 重い勘解由の言葉に、皆がうなだれる。
「完璧な、見せしめってことだわなぁ…。大殿はやはり魔王であったのだな…。」
「そして、俺らはその手下ってことだろうさ。結局は、俺らも異形のモノなんださ…」
 指定の戦地に赴くその足取りは重い。これからの事を思えばなおの事。一揆鎮圧に名を借りた、ただの一方的虐殺。
「いづれ、あの世で恨み事は聞かせてもらうさ…」
 目の前に立ちはだかった、馴染みの顔。
「…せめて、苦しまずに…」
 その先の言葉が相手に届いたかどうか。驚愕に見開かれた瞳がじっとこちらを睨んでいただけ。切り離された胴体が飛沫を上げて倒れこむ。勘解由達は、終始無言のまま、一撃で相手を絶命させていく。普段の戦働きとは全く異なったその姿。無表情の返り血を浴びたその姿は、逆に相手の動きを封じてしまう。悪鬼に睨まれた者達は、その場に腰をぬかして、しゃがみ込む。またそれを、一撃で薙ぎ払う。味方ですらも、その変りようには度肝を抜かれたようだった。
 ついでとばかりに、若い娘に挑みかかる味方武士。あちらこちらで、慮褥の悲鳴すら上がっている。勘解由らは、容赦なく、慮褥する輩ごと刺し貫く。組み敷かれた娘の心の臓を狙って。絶命するのは娘のみ。深手を負った男の方はかえりみる事もなく、次の相手へと向かっていく。まさに、鬼神と化したその集団。彼らの後ろには、一傷のみの屍の山。一刻もせぬうちに、負傷兵のうめき声しか聞こえなくなっていた。


 褒美を…、と呼び出された上役の前。勘解由のみはそれを受け取ることを拒んだ。
「己等が、味方に手をかけた事を不問にしてまでの褒賞ぞ。…何が不服と申すのか」
 苛立ちを隠さない上役の言葉に、初めて勘解由は面を上げた。
「お言葉なれば…、農民すべての殲滅命令に従ったまでの事。農民の上に這い蹲っていた者の事などこちらの目には入ってはおりませんでした。」
 暗に、慮褥に耽る方が悪いとばかりの口応え。役目果たす手段を選ぶな、と常々口に乗せていた上役には、反論の余地はなかった。
「では、この褒賞では不服と…」
「…今しばしの暇を」
「休みが欲しい…ということなのか。なら、次の戦あるまで、出仕せんでもいいぞ。…連絡あるまで、好きにいたせ」
 どうせ、今までは大した働きも見せなかった部隊の一つぐらい…、と上役は勘解由の申し出を受けた。宙に浮いた勘解由の褒賞を己の懐に入れる算段をしながら…。
 当面の自由を得た勘解由は共もつれず、あの惨劇の場所に立っていた。理由があった訳ではない。何かに惹かれるように、ただの散策のつもりが無意識のうちに足を運んでいたようであった。
 立ち込める血生臭い空気。数日ほどしか経っていないのに、屍のほとんどは骨と化していた。
 それでも、村の奥の方から何某かの啜り泣きの様な声が聞こえてきた。それも、とても微かな…
「…だから……って……に……では…」
 女とも、子供のものともつかない微かな囁きのような…
 勘解由は足音を忍ばせながら、ゆっくりと進む。村唯一の井戸の側。やたらと、女子供の屍の多いその一角。中には、腹を引き裂かれた妊婦の姿もあった。その傍に、殊更覆いかぶさるように女共の屍が重なっている。まるでその下に何かを隠すかのように…。その一角に勘解由が足を踏み入れた時には、先ほどの声は聞こえなくなっていた。
 些細な奇異など気にかける事も出来ない程、その異様な屍の山から目が離せなくなっていたのである。それが、僅かばかり揺れた。
(なにか、…居る)
 勘解由は己の刀に手をかけたまま、その山をけり崩していった。何体かが、土埃をあげて転がっていく。
(どれだけ、重なってんだ?)
 さすがの勘解由も、息が切れてくるほどの数。一息ついて、動きを止めた処で、また再度の揺れ。苛立ちのまま、勢いよく数体まとめてけり落とした。その下から現れたのは、薄汚れた白装束の袖。独特の袖口にその透けそうなまでの薄布。
(まさか…)
 折り重なる塊を、次々とどけていったその先。現れたのは、真っ白な神子装束に身を包んだあどけない顔つき。真白い子狐を自分の体で庇うかの様な体勢で絶命していたのだった。その体には、外傷一つついていない。そして、腐敗のかけらもない。
(揺れの原因は、これであったか…)
 神子衣裳の幼子に抱かれた子狐。微かな震えを見せて、怯えた表情をこちらに向けた。逃げる事も出来ず、屍となった幼子に顔を埋め震えだした。見れば、後ろ足が奇妙な方向に曲がっている。
 覆いかぶさっていたのは、この幼子を守るため。が逆にその重さが仇となって幼子も命を落としたのか…、それとも……。
 勘解由は、ただ一つ生き残った小さき者を、己の懐に押し込めると、横たわる幼子を抱きあげた。とたんに纏わりつくような何かの気配。ざわざわと鳥肌立つほどの悪寒。
『どこに…、それを…』
 直接頭に響くような囁き。見渡しても、当然生きている者など在りはしない。が、勘解由は一つの視線を感じた。胸元から、食い入るように見つめる真紅の瞳。
 直観が告げる。声の主が、この小さな白狐であると。
「どこにもいかん。…お前の主が眠る場所を決めんとな」
 言葉がわかるのか。子狐は視線を幼子の方にむけた。そっと、前足が、その体に乗せられる。裏山の、それでも日当たりのよい斜面の一角に移動するまで子狐はその姿勢を崩さなかった。
 幼子の大きさとはいえ、人一人分の遺体を埋める穴を掘るとなれば、相当に根気のいる作業だった。他の屍のように、獣の餌食にされぬようなるべく深く掘り下げる。神子衣裳がそうさせるのか、この子狐のせいなのか。鎮めの石を乗せ終えた時には、日は大きく傾き、一帯を紅く染め上げていた。
「慣れねえことは、するもんじゃねえな」
 勘解由は大きく背伸びすると、子狐のそばに腰をおろした。
「そろそろ戻らんとな…。日ぃ、落ちちまうなあ。オメエは、どうする?」
 墓の前で蹲っていた子狐が、すっと振り向く。
(こっちの言葉がわかるっても…、会話になるってわけじゃねえよなあ…)
 勘解由は、そのまま、その場に転がった。暗闇になれば、山の獣達の時間。いくら、刀を持っているとはいえ、先の墓掘りで、勘解由の両手には潰れたマメが出来上がっている。到底、まともに振り回せるような状態じゃない。にも、かかわらず、勘解由はその場から動けなかったのだ。疲労感もさることながら、せめて子狐の行き先だけは見届けたいと思った。仲間の所に戻るならそれもよし。ここに残るならば、間違いなく他の獣の餌食となる。せめて、これの命だけでも…、と思うのはこちらの身勝手。嫌なモノを連れ帰っても仕方なく…、さりとて、それを確かめるすべもなく…。
 あたりが暗闇に閉ざされ始めた頃、子狐は動いた。後ろ脚を引きずりながら、勘解由のそばにうずくまってきたのだ。そして、指先についていた潰れたマメから流れた血を静かに舐めとっていた。
 来るか…、勘解由のその言葉に反応するように、子狐はこちらを向いた。勘解由は再び子狐を懐の中に押し込めた。ゆっくりとした動作で立ち上がると、また一つ大きく背伸びをした。



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